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東京地方裁判所 平成元年(行ウ)48号 判決

原告

佐藤備三

右訴訟代理人弁護士

遠藤誠

黒田純吉

山内容

被告

陸上自衛隊東部方面総監宇野章二

右指定代理人

池本壽美子

渡邉和義

飯塚洋

江頭哲也

今田清三

柏木康久

林田和彦

菅野静夫

大森昭仁

有澤信彦

田崎守男

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告が原告に対して平成元年三月一六日付でした陸上自衛隊東部方面隊習志野駐屯地業務隊への転任を命ずる処分は、これを取り消す。

二  被告が原告に対して平成元年四月二六日付でした懲戒免職処分は、これを取り消す。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  原告の地位

(一) 原告は、昭和四七年五月三〇日に陸上自衛隊に入隊し、第一一七教育大隊(武山駐屯地)で新隊員課程前期教育を、さらに第三二普通科連隊(市ケ谷駐屯地)で新隊員課程後期教育をそれぞれ受けたのち、同年一一月一七日、第三二普通科連隊の勤務を命ぜられ、同日、第四中隊に配置され、以後、同中隊に所属した。

(二) 原告の階級は、入隊した日に二等陸士に、昭和四八年四月一日に一等陸士に、昭和五二年七月一日に三等陸曹に、そして昭和六三年一月一日に二等陸曹にそれぞれ昇進した。

2  転任処分

被告は、平成元年三月一〇日、原告に対し、同月一六日をもって、陸上自衛隊習志野駐屯地(以下「習志野駐屯地」という。)の業務隊への転任を命じた(以下「本件転任処分」という。)が、原告は、本件転任処分に従うことを拒否し、習志野駐屯地に着隊しなかった。

3  懲戒免職処分

被告は、平成元年四月二七日、原告に対し、懲戒免職処分をした(以下「本件免職処分」という。)。

二  争点

1  本件転任処分の効力

2  本件免職処分の効力

三  原告の主張

1  本件転任処分の効力

(一) 本件転任処分の法令違反

(1) 陸曹の転任権者

陸上自衛隊における陸曹の転任は、自衛隊法(以下「法」という。)三一条一項、昭和三六年防衛庁訓令四号「任命権に関する訓令」(以下「任命訓令」という。)二八条二項、三〇条の二、昭和三七年防衛庁訓令六六号「隊員の任免等の人事管理の一般的基準に関する訓令」三条一〇号、昭和三六年陸自達二一―七号「任命権行使の細部要領に関する達」一一条一項、一〇条一号但書の規定により、転任先の任免権者がこれを行なうものとされている。

(2) 勤務地の充足の必要性

陸曹の転任は、陸上幕僚長の定めるところによるものとされ(法三一条二項、任命訓令三〇条の二)、転任に関しては、昭和五六年陸自達二一―一七号「准陸尉及び陸曹の人事管理の基準に関する達」(以下「達」という。)に規定されている。これによると、陸曹の勤務地は、まず、充足の必要性を重視して定めるものとされている(達八条)。

(3) 転任処分をなしうる場合の規定

陸曹の勤務地を変更する転任は、次の場合に行なうものとされている(達九条)。

〈1〉 当該地域の出身隊員が少なく、また勤務を希望するものが少ない等のため、陸曹の充足維持に特別の考慮を必要とする駐屯地(以下「充足管理対象駐屯地」という。)へ陸曹を補充する必要がある場合

〈2〉 充足管理対象駐屯地等へ転任し、一定期間以上勤務した者が、他の駐屯地等へ転任を希望する場合

〈3〉 陸曹及び陸士の定員構成比が不均衡等のため、当該部隊のみでは陸曹の充足が困難な部隊に陸曹を補充する必要がある場合

〈4〉 施設等機関、技術研究本部、調達実施本部、長官・方面総監直轄部隊等に長期間(おおむね一二年以上を基準とする。)勤務している陸曹を、他の駐屯地等へ転任させる必要があると直轄部隊等の長が認めた場合

〈5〉 特殊事情が生じた陸曹で転任が真にやむを得ないと認められる場合

〈6〉 停年退職前の陸曹で他の駐屯地等へ転任を希望する場合

〈7〉 その他必要な場合

(4) 転任者選択等に関する規則

〈1〉 (3)〈1〉の充足管理対象駐屯地への転任に関しては、充足管理対象駐屯地への勤務は、努めて全員が公平に負担し、原則として充足管理対象駐屯地に勤務したことのない者や、勤務したが基準勤務期間に満たない者を優先して転任させるものとする(達一〇条、一二条)。また、充足管理対象駐屯地での勤務期間が基準勤務期間を経過し、他の駐屯地への転任を希望する場合は、勤務期間の長い者の転任が優先される(達一五条)。

〈2〉 (3)〈3〉の陸曹補充対象部隊への補充のための転任に関しては、当該部隊の特性及び陸曹の階級構成等を考慮し、当該職務に適する陸曹または陸曹候補生指定直後の者から選考して転任させる(達一六条)。

〈3〉 (3)〈4〉の直轄部隊等長期勤務者の転任に関しては、直轄部隊等の組織機能を発揮するに必要な重要特技者の充足状況、後継者の育成及び個人の状況等を考慮して行ない、努めて近傍駐屯地に所在する部隊との相互間において行なうものとする(達一七条、一八条)。

〈4〉 (3)〈5〉の特殊事情該当者の転任に関しては、本人や家族の病気や扶養の必要性など、重要な事情がある者に対して、当該特殊事情の事由・程度を考慮し、努めて当該特殊事情の条件を満たすことができる駐屯地に転任させるよう考慮するものとする(達一九条ないし二一条)。

〈5〉 (3)〈6〉の停年退職前の転任に関しては、当該隊員の退職予定日までの期間の長短等を考慮して転任要員を選考し、希望する駐屯地または近傍駐屯地へ転任させる(達二二条)。

(5) 補職に関する規則

陸曹の補職に関しては、通常、六年を基準として補職の変更に努めるものとされるが(達二三条一項)、部隊等における補職の変更は、部隊等の組織機能を発揮するに必要な重要特技者の充足状況、後継者の育成及び個人の状況等を考慮して、近傍駐屯地または同一駐屯地内において行なうこととし(同条二項)、三等陸曹、二等陸曹任命後当初の期間においては、努めて当該隊員の職種にかかる小隊等に配置し、部隊本部または各機関の事務的な職への配置は努めて避けるように留意する(同条三項)。

(6) 転任に関する基本原則

転任に関する達の基本原則は、以下のとおりである。すなわち、

陸曹などの隊員は、全国を異動する尉官以上の幹部とは異なり、「郷土部隊」としての自衛隊の在り方からして、極力その駐屯地所在地にて採用・補充し、その地に定着して郷土の防衛に当たらせ、技術・技能に習熟させる。転任に関して隊員の側に特別な事情や転任の希望がある場合には、それらの事情や希望を十分に尊重考慮し、その条件を満たす転任地を選択する。充足管理対象駐屯地に他の駐屯地から補充する場合には、まず、充足管理対象駐屯地以外の駐屯地から転任させ、それが困難な場合に初めて、例外的に、充足管理対象駐屯地からも転任させることができる。転任させるときにも、充足管理対象駐屯地に勤務した経験の少ないものから順番に補充する。また、陸曹候補生指定直後の者など、若く経験の少ない者を優先させる。要するに、陸曹は、当該部隊に長く定着させ、もって自衛隊の組織機能の向上を図ろうとしているのである。そして、陸曹の転任に関する従来からの取扱いは、すべて、あらかじめ当該陸曹の同意も得て転任処分を発令するものとしており、本人が反対の意思を表明しているにもかかわらず転任処分を発することはしていない。

(7) 本件転任処分の要件の不存在

〈1〉 本件転任処分は、前記(3)所定の転任処分をなしうる場合の規定のいずれにも該当しない。すなわち、〈1〉の充足管理対象駐屯地への転任に関しては、原告が転任を命じられた習志野駐屯地業務隊は、充足管理対象駐屯地ではない。〈3〉の陸曹補充対象部隊等への補充のための転任に関しては、同業務隊は、陸曹補充対象部隊ではない。また、原告の所属部隊は直轄部隊ではないから、〈4〉の直轄部隊等長期勤務者の転任は問題とならず、〈2〉の交代のための転任、〈5〉の特殊事情該当者の転任、〈6〉の停年退職前の転任も問題にならない。習志野駐屯地業務隊で具体的にいかなる要員に欠員を生じたのか、習志野駐屯地業務隊の補充要員の差出しが第一師団長、第三二普通科連隊長に命じられた理由は何か、第三二普通科連隊長は異動要員の基準をなぜ所属期間の長いものとしたのか、なぜ原告が異動要員に選ばれたのか、いずれも不明である。

〈2〉 次に、本件転任処分は、前記(4)所定の転任者選択等に関する規則にも反している。すなわち、原告は、充足管理対象駐屯地である市ケ谷駐屯地に一六年以上勤務してきた者で、一層その定着を図り、その意思が十分に尊重されなければならないところ、他の駐屯地への転任要員としては、原告に優先して転任されるべき隊員は極めて多数存する。そもそも、一定部隊に長期に勤務しているということを理由に転任させられたという例はない。仮に、同一勤務地で継続して勤務することが部隊を停滞させることになるというのであれば、原告の陸曹としての勤務期間ではなく、陸士の期間を含めて長期かどうかを考えるべきであって、原告よりも長期の勤務者が多数いることが明らかである。また、本件転任先の習志野駐屯地業務隊の職務内容は、衣料、糧食その他の補給・兵站事務であるが、二等陸曹に任命されて約一年の原告については、その職種である無反動砲にかかる小隊に配置し、事務的な職への配置は避けるべきであるとの規則(達二三条三項)に反する。そのほか、本件転任処分は、平時における補充の原則、特技者の充足状況、後継者の育成状況等を全く無視している。

(二) 本件転任処分の目的の違法性

(1) 本件転任処分に至る経緯

〈1〉 原告は、入隊後、自衛隊内においては、隊員の躾の名目で些細なことまで規律と制裁の対象となり、隊員は一個の人格として認められていないことに気がついた。また、日本の社会が戦争へ向かい始めており、他方、ロッキード事件のような腐敗も起き、自衛官としても積極的に社会に目を向けて自分なりの考えをもつ必要がある、と痛感するようになった。旧軍が天皇の名のもとにアジア侵略を行なった歴史を省みて、軍隊はブルジョアや天皇ではなく人民を守るためのものであるべきではないのか、と考えるようになった。原告は、勤務時間以外に隊内で同僚の自衛官らと話し合う折りに、そうした考えを述べたりしてきた。

〈2〉 被告は、昭和六二年一二月頃、原告に対し、原告の直属上官である第四中隊長川脇辰巳三等陸佐(以下「川脇中隊長」という。)を通して、北部方面隊(北海道)への転任を打診してきた。当時、隊内では、「原告は反戦だ、つき合うな。」といった声が出たり、原告と話をした隊員が後で中隊長から話の内容を聞かれたりしており、原告は隊内での自衛隊の在り方に批判的な隊員の中心人物と目されていた。原告には千葉県内の病院で助産婦として勤務する妻がいるが、それを承知の上での北海道への転任打診は、まさに、原告の思想内容を理由に原告を市ケ谷から追放しようとする意図に出たものであった。

原告は、これに対し、右家族問題その他の理由によりこれを拒否し、右転任打診が、法、任命訓令、達等の定めに反するものであることを批判したが、川脇中隊長は、これを聞き入れることなく、以後、北海道への転任を承諾するよう原告に対して執拗に迫り、手続を一方的に強行しようとした。これは、従来の慣例上、陸曹の転任が本人の承諾を得た上で行なわれてきたにもかかわらず、原告の意思に反して転任を強行しようとしたものであった。

これに対し、原告は、苦情の処理に関する訓令に基づき、昭和六三年一月二二日及び二五日に苦情申立てを行なった。第三二普通科連隊長山本勝一等陸佐(以下「山本連隊長」という。)は、原告との面接を数度行ない、転任をさらに強制しようとしたが、同連隊の幹部曹会同などをはじめとした批判も出て、右転任強要を断念した。この後、同連隊第四中隊の小林英夫三等陸曹に対し、原告の代わりとしてこの転属を強要しようとしたが、小林英夫三等陸曹の反対に遭いこれも断念した。

〈3〉 山本連隊長らは、原告に対する右転任を断念せざるを得なかったが、これ以後約一年にわたって、原告、小林英夫三等陸曹及びこれに同調、協力する自衛官らに対して、極めて組織的な暴行・脅迫を加えた。すなわち、

市ケ谷駐屯地には、従来から、銃剣道のグループなどが存在し、第四中隊には、清水剛三等陸尉(以下「清水三尉」という。)を代表とする剣士会なるグループが存在していた。剣士会のメンバーは、自分と考えを異にする隊員らを、暴力や脅迫を用いて抑圧し支配していた。もっともこれらのグループは、多くの心ある隊員から嫌悪されてもいた。ところが、原告の転任問題が発生するや、同連隊は、この剣士会などの銃剣道グループを一層、強化、育成すべきものと考え、それを実行に移し始め、昭和六三年二月一日付で、同連隊第四中隊から転任の内示まで出ていた清水三尉の転任を急遽とりやめ、以後、同三尉を中心とした、剣士会グループの積極的な育成、強化に乗り出すのである。

このような過程で、同年七月一三日、同連隊重迫中隊所属の吉本守人三等陸曹(以下「吉本三曹」という。)は、銃剣道グループの一員である、同重迫中隊の塚本滋一二等陸曹(以下「塚本二曹」という。)から、「佐藤は反戦だ。お前も佐藤の仲間だろう。」、「お前のような奴は殺す。」などの暴言の上、全治一週間程度の暴行を加えられた。また、清水三尉は、小林英夫三等陸曹を下宿先まで訪ね、「お前も佐藤の仲間だろう。」、「お前を殺す。」などの脅迫を行なった。

この後、同年七月から秋まで、原告に対して、剣士会グループを中心として、様々なキャンペーンが流されるとともに原告が日常的に親しく接している隊員、同情的な隊員らに対し、毎日のように脅迫等が加えられ始めたのである。この中で、同年一一月一四日、第四中隊の朱道直人三等陸曹が、清水三尉及び幹部、陸曹ら六名によって、同隊の幹部室に監禁された上、一時間半以上にわたって、暴行・脅迫を受け、退職を強要されるという事態が起こった。

〈4〉 以上のような、原告をはじめとする隊員への意図的かつ長期の組織的暴行・脅迫の上に、同連隊第四中隊長渥美晴久三等陸佐(以下「渥美中隊長」という。)らによって、同年一一月頃より、原告に対し、習志野への転属が再び強要されるようになった。

この転属も、前回と同じく、原告の思想・信条を理由とした政治的配転の強要であることは明らかである。おそらく、被告は前年の原告に対する北海道転任問題の経緯から学んだのであろう、本件転任処分を定期異動に紛れ込ませた。しかし、それが原告の思想、信条に基づく違法なものであるとの本質には変りがないのである。付け加えれば、清水三尉を中心とした剣士会グループのメンバーは、「今度の配転は反戦勢力の一掃、絶滅だ。」と公言し、先の暴行・脅迫を半ば公然と行なっているのである。特に重要なのは、これらの暴行事件の多発に対して、山本連隊長らが、何らの是正の措置をとらないばかりか、それらを意図的に容認、あるいは剣士会等を利用し、唆しているということである。

(2) 本件転任処分の思想・信条の自由に対する侵害

原告は、現在の自衛隊の在り方に批判的な目をもち、軍隊はどう育てるべきかを真摯に考えている者である。そして、日頃から、自らの考えや疑問を友人や同僚と話し合っていた。だからこそ、被告の公式的言明の中には、原告排除の真の理由は明示されることはないにしても、被告の意を受けた隊員たちを通じて、反戦派一掃のために原告は転任すべきである旨、隊内で公然と語られているのである。憲法一九条は、人の主義、主張、世界観がいかなるものであっても、国家機関がこれを禁止したり、干渉したりすることを禁ずる。しかるに、被告は、反戦思想をもち、隊内の民主化を求める原告に対し、市ケ谷駐屯地から排除してその影響力を除去する意図をもって、本件転任処分を行なったことが明らかである。

したがって、被告のした本件転任処分は、憲法一九条に違反し無効である。

2  本件免職処分の効力

(一) 懲戒処分権限の不存在

陸曹たる自衛官の採用以外の任免は、方面隊・師団の部隊等に所属するものについては、師団長が行なう(法三一条一項、任命訓令二八条二項)。自衛官の任免権者は、その任免にかかる自衛官に対しすべての種類の懲戒処分を行なうことができる(任命訓令四六条一項)。したがって、陸上自衛隊東部方面隊第一師団第三二普通科連隊第四中隊に所属する陸曹である原告に対して懲戒処分を行なう権限を有する懲戒権者は、陸上自衛隊東部方面隊第一師団長である。

よって、被告は、原告に対して懲戒処分を行なう権限を有しておらず、本件免職処分は、無権限者がしたものであるから無効である。

(二) 懲戒免職事由の不存在

(1) 本件免職処分の目的の違法性

本件免職処分は、原告が抱懐する思想・信条の故に、原告を自衛隊から追放せんとするこれまでの被告の一連の行為の最終手段としてなされたものである。

〈1〉 被告は、まず、原告が自ら退職を申し出るよう仕向けようとして、昭和六二年一二月の原告に対する転任打診を嚆矢として、剣士会を唆しての暴行脅迫・いやがらせ、思想弾圧の目的を隠蔽するための大量異動、転任処分の強行と、組織をあげてさまざまな追放工作を行なってきた。原告は、自衛官であることに誇りをもっており、退職する意思は全くなかった。原告は、隊内民主化・侵略戦争の拒否という思想・信条がまさに憲法の精神に則ったものであり、その思想・信条を有するが故に弾圧されるいわれはないという強固な信念を持っていた。原告は、被告の組織をあげての弾圧にも屈しなかった。

〈2〉 被告は、原告が本件転任処分に対して訴訟を提起し徹底的に争う姿勢を見せたことに驚き、隊員らへの影響を恐れ、自ら退職を申し出るよう仕向けて隠密裡に自衛隊から追放しようという工作を断念せざるを得なくなり、強制的に早急に原告を隊外に追放しようと企てた。自衛隊法施行規則(以下「施行規則」という。)は、懲戒処分の審理手続について、被審理者に対し弁護人選任権・証拠調請求権を認め、十分な防御権を行使させた上で処分を決定すべき旨を規定している。施行規則が弁護人は隊員であることを要求しており、また、本件事案の性格から原告が申請を予定する証人はすべて隊員であることが予想されるため、被告は、原告が右防御権の行使のために隊員らと接触することを恐れ、施行規則及び任命訓令を全く無視した上、被告のみで一方的に懲戒免職という処分を決定するに至った。懲戒手続を法令に従って実施すれば、右手続において、原告は、隊員らとともに、本件転任処分が原告の思想・信条を理由にされた違憲・無効なものであることを自衛隊内で堂々と争う事態になることは明らかであり、右手続が継続する間に原告の思想・信条が隊員の間に浸透することは避けられないと判断したため、被告は、施行規則・任命訓令に違反してまでも早急に原告を隊外に放逐せんとしたのである。

〈3〉 被告の本件免職処分は、原告の思想・信条の弾圧を目的としてなされたものであることは明白であり、憲法一九条に違反して無効である。

(2) 配転先における就労義務の不存在

被告は、懲戒処分説明書において、異動完了日である平成元年三月二二日午前八時に至るも習志野駐屯地業務隊へ着隊せず、以後、未着隊のまま欠勤を続け同年四月二五日まで三五日間にわたり欠勤したことを本件免職処分の理由となった事実であるとし、これが法四六条一号の職務上の義務違反に該当するという。

しかし、本件転任処分自体違憲・無効なものであるから、原告は習志野駐屯地業務隊に着隊する義務はないし、右隊において就労する義務はないから、欠勤の事実もない。

したがって、原告には何ら法四六条一号の職務上の義務違反はなく、懲戒免職事由は存在しない。

(三) 本件免職処分の手続的違法

(1) 懲戒処分手続の法令上の根拠

行政庁が不利益処分を行なう際に事前に聴聞を受ける権利は、憲法三一条の適正手続条項に基づくものである。行政庁は、被処分者に対し、十分に弁明の機会を与えて論駁をつくさせ事実を解明したうえ、処分を決定しなければならない。被聴聞者が自己の弁明と証拠提出を行なえず、権利防御ができないようなやり方で実施された聴聞は、それ自体手続的に瑕疵のあるものとして、処分は無効または取り消しうべきものとなる。

施行規則(第三章第七節)及び同規則に基づく昭和二九年防衛庁訓令一一号「懲戒手続に関する訓令」(以下「懲戒訓令」という。)は、懲戒処分手続においては、被処分者の弁護人選任権・証拠調請求権を認め、被処分者が自己の弁明と証拠提出を存分に行ない、権利防御を確実になした上で処分を決定すべき旨を定めている。すなわち、施行規則は、懲戒手続における規律違反事実の審理について、供述聴取のための出頭(七六条)は、通知書受領(七三条)後、弁護人選任手続(七四条)及び証拠調べ手続(七五条)を経た上でなさなければならない旨規定している。

(2) 本件免職処分の手続

〈1〉 原告は、被告から、「平成元年三月一〇日付の東部方面隊人事発令通知により、同月一六日をもって習志野駐屯地業務隊への転任を命ぜられたにもかかわらず、この命令に従わず異動完了日である同月二二日〇八〇〇に至るも習志野駐屯地業務隊へ着隊せず、以後未着隊のまま正当な理由のない欠勤を続けているとの事実につき審理することになった」との同年四月一一日付「被疑事実通知書」を翌一二日に受領した。そこで、原告は、被告に対し、同月一三日付書面で、右審理は施行規則に基づいて行なうこと及び同規則七四条に基づき弁護人を選任することを請求した。

〈2〉 原告は、被告から、同年四月一八日の審理実施期日に市ケ谷駐屯地への出頭を要求するとの同月一三日付「審理実施に伴う出頭要求書」を同月一五日に受領した。そこで、原告は、被告に対し、同月一七日付「出頭要求書に対する異議申立」の書面で、原告が被告に対して同月一三日付書面で弁護人選任の申出をしており、施行規則七四条は「懲戒権者は、被審理者が申し出たときは、隊員のうちから弁護人を指名しなければならない」と規定しているのであるから、出頭要求は弁護人選任手続終了後においてなされるべきであり、右弁護人選任手続を経ずになされた右出頭要求は施行規則に違反し違法・無効である、旨の異議申立てをした。

〈3〉 原告は、被告から、同年四月二一日の審理実施期日に市ケ谷駐屯地への出頭を要求するとの同月一八日付「審理手続に伴う再出頭要求書」を同月一九日に受領した。そこで、原告は、被告に対し、同月二〇日付「再出頭要求への再度の異議申立」の書面で、原告は施行規則に基づき弁護人選任手続を経た上で審理するよう申し出て、しかも右手続を無視した出頭要求に対して異議申立てをしたにもかかわらず、被告は右申立てを全く無視し、短期間のうちに出頭要求・再出頭要求を乱発し、施行規則に違反してまでも処分を強行しようとしていることの違法・不当性を訴え、さらに、隊員が原告の弁護人となることを妨害しようとして、弁護人選任のため市ケ谷駐屯地へ赴き第三二普通科連隊の隊員に面会を求めた原告に対し、入門を拒否し、隊員との面会を禁じた被告の行為は、施行規則の適正手続に基づく審理という趣旨を根底から踏みにじる違法・不当なものであることを理由に右再出頭要求に対して異議申立てをした。

〈4〉 被告は、原告の再三にわたる施行規則が保障する適正手続による審理要求の申立てにもかかわらず、右申立てに対する回答は一切せず、かつ、弁護人選任の機会も与えずに、同月二二日付書面で、「同月二一日に審理は終了した、同月二四日までに書面による弁明の機会を与える」旨原告に通知してきた。そこで、原告は、被告に対し、同月二四日付「一九八九年四月二一日の審理無効と適正手続による審理要求書」で、同月二一日の審理が、原告の申立て・異議申立てに対し何ら回答することなく、被疑事実の通知を受領した日から審理の終了した日までのわずか九日間で実施され、また、四日間の短期間に二回にもわたる出頭要求をし、弁護人選任・証拠調という適正手続を経ず施行規則に違反して被審理者及び弁護人不在のまま一方的になされたものであるから違法・無効である、したがって、右違法・無効な行為を撤回して適正な手続に基づいた審理を行なうことを要求した。

〈5〉 さらに、原告は、被告に対し、同月二四日付「一九八九年四月二一日の審理無効と適正手続による審理要求書の追加文書」で、施行規則七六条一項及び懲戒訓令一六条の規定の趣旨から、審理を終了する前の被審理者又は弁護人に対する供述聴取のための出頭要求は、その旨を明確にして被審理者及び弁護人に対してなすべきであるのに、その旨の明確な通知もなく審理を終了したことは違法である旨通知した。

〈6〉 また、被告は、原告に対して、同月二五日付「出頭要求書」において、原告に対する懲戒処分宣告を同月二七日に実施する旨通知し、右同日の出頭を求めているにもかかわらず、その前日である同月二六日付の翌二七日到達の「懲戒処分宣告書」を送付して原告を懲戒免職処分にしたのは、懲戒訓令二三条一項に違反し、違法かつ不当な行為である。

〈7〉 原告は、第三二普通科連隊第四中隊所属銀鏡哲雄二等陸曹、遠藤昭彦三等陸曹、朱通直人三等陸曹、熊井啓一三等陸曹及び吉本三曹に弁護人の要請をしたが、渥美中隊長、第三二普通科連隊第一科長川井田誠三佐らは、右の者らに対して、原告の弁護人を引き受ければ、暴行・脅迫等を受けまた不利益な取扱いを受けるであろう旨を告知し、原告の弁護人となることを妨害した。

〈8〉 「理由なき欠勤一日」の規律違反の被疑事実について実施された吉本三曹に対する懲戒手続は、吉本三曹が、平成元年四月五日に右被疑事実の通知を受領し、同七日に弁護人申請書を提出し、同二〇日に審理実施期日及び弁護人氏名の通知書を受領し、これにより同月二六日に第一回審理期日が実施された。

右軽微な規律違反の審理においてさえ、被疑事実通知書受領後弁護人の選任をさせた上、右通知書受領の日から約二〇日後に第一回の審理日が指定されている。しかるに、本件のような懲戒免職処分という重大な処分をするにあたっては、被処分者の防御権を十分に配慮して慎重にされるべきものである。にもかかわらず、右欠勤一日という軽微な事案についての規律違反の審理と比較しても、本件免職処分の決定手続に重大な瑕疵があることは明白である。

四  被告の主張

1  本件転任処分の取消しを求める訴えの利益の不存在

(一) 自衛隊員の転任とは、他の任免権者に属する隊員を採用、継続採用、勤務延長、期限の延長、期限の繰上げ、任期の更新、昇任、降任、転官又は兼任以外の方法で任命することをいい(「隊員の任免等の人事管理の一般的基準に関する訓令」三条一〇号)、昇任(法三七条)及び降任(法四二条、四七条)のように隊員としての階級に変動を生じさせる処分ではなく、それ以外の方法で他の官職に任命するものであり、それ自体として法律上の身分や俸給に変動を生じさせるものではないから、法律的には自衛隊員に対して何ら法律上の利益を与える処分でも不利益を科する処分でもなく、実質的に分限処分・懲戒処分に匹敵するほどの著しい不利益を伴わない限り、いわば水平異動にすぎないものである。それ故、法には、転任の要件を定めた規定が置かれていないのである。これにより勤務場所及び職務内容に変動が生じたり、あるいは住居の移転、家庭環境の変化等を来すことがあったとしても、それは事実上の利益又は不利益にすぎないというべきである。

転任処分によって居住場所の変更を要する場合があることは否定できないが、転任に通常伴う居住関係の変動は職務上予想されるところであり、自らの意思により公法上の勤務関係に入った者としては当然甘受しなければならない合理的な制限というべきであって、もとより違憲のそしりを受けるいわれはない。ちなみに、自衛隊員については、その職務の特殊性から指定場所居住の義務を課せられているが(法五五条)、これも居住の自由に対する合理的制限として合憲であると一般に解されている。また、国家公務員は、国との関係に置いて勤務・施設利用等特別な命令に服する関係にあるものとして、実定法上、労使対等を原則とする私的な労働関係の適用が排除されており、自衛官については、労働組合法、労働基準法、労働関係調整法等の法令は、適用されていない(法一〇八条)のであるから、その勤務関係は法律上一律に確定され、私的労働関係のごとき個別的労働契約が成立する余地はない。すなわち、自衛官はその職務上日本国の領域内いずれにおいても勤務することが予定されているのであり、同法上、准陸尉・陸曹・陸士を別異に取り扱う規定は存在せず、昭和五三年陸上自衛隊達第二一―六号「陸上自衛官人事業務規則」にも准陸尉・陸曹・陸士の転任を当然予定した規定がある(二三条)。

したがって、原告には、本件転任処分の取消しを求める訴えの利益がない。

(二) 仮に、右主張が認められないとしても、原告に対して後記のとおり本件転任処分に従わずに欠勤を続けたことを理由とする本件免職処分が有効にされているから、原告には、本件転任処分の取消しを求める訴えの利益がない。

2  本件転任処分の有効性

(一) 原告の補職、特技

(1) 補職としては、小銃手(昭和四七年一一月一七日)、副機関銃手(昭和四九年四月一日)、業務隊電気係(昭和五〇年六月二〇日)、機関銃手(同年一〇月一日)、無反動砲副砲手(昭和五二年七月一日)、無反動砲分隊長(昭和五五年四月一日)、給養陸曹(昭和五七年四月一日)、無反動砲分隊長(昭和五九年三月一六日)、給養陸曹(昭和六〇年三月一日)、そして転任の直前である平成元年二月六日に無反動砲小隊陸曹を命じられた。

(2) この補職との関連において、特技として「初級軽火器」及び「中級無反動砲」を取得したが、同じ補職を二度命ぜられた給養陸曹に関連する特技である「給養」は取得していない。しかしながら、喫食数管理、給食会計事務等を内容とする事務職である給養陸曹の勤務年数は通算六年であり、このため、原告は、昭和六三年一〇月二七日実施の中隊長面接において、特技課程「給養」への入校を希望するとともに、毎年本人の希望等を自ら記載する「准陸尉・陸曹経歴管理調査書」(昭和六三年度)(昭和六四年度)にいずれも特技課程「給養」への入校を希望する旨を記入している。

(二) 陸上自衛隊における転任について

(1) 転任の必要性

陸上自衛隊においては、毎年大量の欠員が生じており、陸士については、これを補充するために行なう二等陸士の採用が募集人員数を大幅に下回る状況にあるため、いわば慢性的な人員不足が全く解消されていないのみならず、各方面隊ごとに採用人員に差があり、必ずしも各方面隊の部隊編成に十分な人員を確保することができない状況にある。

また、幹部、准尉、陸曹等の欠員については、昇任や補職というような手段を講ずることも考えられるが、右手段によっても当該部隊における人員の欠員状況に何ら変わりはないので、欠員解消のための効果的な手段とはなり得ない。

したがって、予備部隊や他の部隊から当該部隊に編入するために転任を実施することによって部隊編成を図ることは、自衛隊の隊務の遂行上必要不可欠にならざるを得ない。

(2) 転任処分の要件

法及び施行規則には転任処分を発動するための要件はもちろん、転任に関する規定が設けられていない。転任について規定しているのは、転任処分権者については任命訓令二八条二項であり、転任手続については同訓令三〇条の二、「任命権行使の細部要領に関する達」一一条、一〇条一号、「陸上自衛官人事業務規則」二三条、二四条、同条の二であり、転任処分にあたって考慮すべき事項については達八条以下の各規定のみであり、その達も平成二年三月三一日に廃止された。

自衛隊員の転任は、既に述べたとおり、隊務の合理的運営を図るために行なわれるものであることから、その権限の行使は任免権者の裁量に委ねられている。任免権者はその裁量権を行使するにあたっては、右訓令及び達の規定を遵守しなければならない。

しかしながら、「隊員の任免等の人事管理の一般的基準に関する訓令」は、法三一条二項の委任を受けた規定として法規命令であることから、同訓令所定の条項に違反した行為は違法となるのに対して、達、任命訓令、「任命権行使の細部要領に関する達」、「陸上自衛官人事業務規則」はいずれも行政機関自らが行政機関内部を統制するための基準として定めた法規たる性質を有しない行政規則にすぎないのであるから、これら行政規則が裁判所を拘束することがないことはもとよりのこと、行政機関がこれらの行政規則所定の事項に違反した行為をしたからといって、その違反者が行政上の責任を問われることがあるにしても、そのことのみでもって、当該行為自体が違法となるものでもない。すなわち、当該転任処分が違法となるか否かは法規に違反するか否か、いいかえれば、転任処分が合理的な裁量に基づいてなされたかどうかによって決まることである。

(3) 管内異動の手続

陸上自衛隊における転任には、いわゆる北方交流・沖縄交流と管内異動とがあり、本件転任処分は、東部方面隊内における管内異動、すなわち方面隊隷下各部隊相互間の転任である。管内異動の手続は、以下の要領によって行なわれる。

〈1〉 方面隊内の部隊長等は、欠員補充及び交代補充により発生する欠員を将来的に見積り、「前期(後期)補充上申書」によって方面総監に上申する(「任命権行使の細部要領に関する達」一一条一項一号)。

〈2〉 これに基づき方面総監は、補充上申した各部隊ごとの必要な補充要員数を決定し、通達をもって隷下の主な差出部隊である師団・団等の部隊長に要員差出しを命ずる(同条一項二号参照)。

〈3〉 要員差出を命ぜられた部隊長は、隷下各部隊長から補充要員を選考して、方面総監に「転任上申書(転任予定者名簿)」をもって上申するとともに、受入部隊に通報する。

〈4〉 次に受入部隊長は、転任予定者について通知を受けると、補充要員としての要件を満たすかどうか確認後、転任予定者の受入れを決定し、方面総監に対して「受入報告書」をもって報告する。なお、受入部隊長は、転任予定者について不明な点があれば、方面総監を経由して差出部隊と調整・協議する。

〈5〉 方面総監は、差出部隊の「転任上申書」、受入部隊の「受入報告書」により、この転任の妥当性を確認する。

〈6〉 そして各任免権者は、転任要員に対して転任内示を行なった後、転任命令を発令する(同条一項三号、同達一〇条一号但し書)。

(三) 本件転任処分発令までの経過及び本件転任処分の適法性について

本件転任処分は、右のような「管内異動」の手続に基づき、隊務の合理的運営の必要上行なわれ、昭和六三年度の人事異動の一環としてなされ、この過程において原告が主張するような恣意が介入する余地はあり得ない。すなわち、

(1) 昭和六三年度の陸曹の転任については、まず陸上幕僚長が昭和六三年一月二七日に発した通達によって陸曹の転任実施の方針が示された。この方針とは、勤務地負担の公平及び組織の活性化への寄与を重視して行なうというものであった。このような方針を前提として、習志野駐屯地業務隊長は、昭和六三年度後期補充上申書により欠員予定者名簿とともに、補充要求(一等陸曹一名、二等陸曹二名)を東部方面総監に上申した。

(2) 東部方面総監は、これを参考として、習志野駐屯地業務隊に対する補充の必要性を認め、このうちの二名(一等陸曹一名、二等陸曹一名)の補充要員の差出しを決定し第一師団長に通達をもって命じた。これを受けて第一師団長は、この補充要員の差出しを第三二普通科連隊長に命じた。第三二普通科連隊長は、陸上幕僚長の示した方針を敷術し、指揮下の各中隊長に対し、転任要員の選考における指針として、「勤務地負担の公正及び組織の活性化を重視するとの考え方のもとに所属期間の長い者、特殊事情のない者から異動要員を選考せよ」との指示を口頭でした。

(3) そこで原告の直属の上司である第四中隊長は、中隊の実情をも含めて、隊員の身上を把握した上で、この条件を満たしている転任候補要員として原告を選出し、これを第三二普通科連隊長に上申した。同中隊長が原告を選出した理由は、原告の所属期間が約一六年と中隊で三番目に長いこと(なお、原告よりも所属期間の長い二名については、本件転任処分時に転任処分がされている。)、習志野駐屯地は当時の原告の住居を変更することなく通勤可能であること、原告の妻の勤務にも全く支障がないこと、原告が給養の特技取得を希望していたこと等の事情を認めたからである。

(4) 第三二普通科連隊長は、さらに連隊内で要員の選考作業を行ない、その結果、原告を選考したことを第一師団長に報告した。同連隊長が原告を選考したのは、右事情に加え、習志野駐屯地業務隊への異動は中隊に一名が割り当てられ、その資格要件が二等陸曹であり、部隊の後方支援という事務が主体であること、かねてから腰痛を訴えていた原告にとっては、戦闘任務を有する第一線部隊よりも事務主体の駐屯地業務隊に配属されることが利益であること、原告が昭和六〇年三月以降中隊の給養陸曹として喫食数管理、給食会計事務等の事務経験を持っていること、等の事情を考慮したからである。

(5) 第一師団長は、これを東部方面総監に転任上申書をもって上申するとともに、同時に習志野駐屯地業務隊に通報した。東部方面総監は、第一師団長からの転任上申書及び習志野駐屯地業務隊からの受入報告書を承知し、本件転任が妥当と判断して右転任を決定した。そこで原告に対し、東部方面総監から平成元年二月一日転任内示がなされた後、同年三月一〇日、転任命令が発令された。

以上のように本件転任処分は、陸上幕僚長が示した昭和六三年度における陸曹の転任実施の方針に則り、東部方面総監が隊務の合理的運営を確保する必要性から、転任手続を遵守してなされたものであり、任免権者の合理的裁量の範囲内であることは明らかである。

したがって、本件転任処分は適法であり、違法性はない。

3  本件免職処分の有効性

(一) 原告は、平成元年三月一〇日、被告から、同月一六日をもって、習志野駐屯地業務隊への転任を命ぜられた。法三一条二項、「陸上自衛官人事業務規則」二五条一号の別紙第一八により、同一方面隊内における転任については、発令日を含めて六日以内に異動を完了しなければならず、同条二号によれば、異動を命ぜられた者は、異動完了日の課業終了時刻(完了日が休養日等に当たる場合は、さらにその翌日の課業開始時刻)までに新任地に到着しなければならない旨定められているので、原告は同月二二日の課業開始時刻(午前八時)までに習志野駐屯地業務隊に着隊しなければならなかった。しかしながら、原告は、自衛官であるにもかかわらず、これらの規定を遵守せず、期限までに転任先である習志野駐屯地業務隊に着隊しなかった。また、原告は同月二二日午前八時以降、欠勤状態となった。

(二) 同月二二日、習志野駐屯地業務隊本部班長三等陸佐羽生清は、原告が未着隊である事実を、申立書をもって被告に申し立てた。これによって原告の欠勤を承知した被告は、習志野駐屯地業務隊長に命じて欠勤に理由があるかどうかを確認させたところ、原告が自らの意思で故意に欠勤を続けていることが判明した。そこで、同月二七日、被告は、東部方面総監部人事部人事課警務班長二等陸佐奥松勉を調査官に指名し、原告に係る規律違反の調査を命じた。

(三) 被告は、四月一一日、右調査官の調査報告書により、原告に規律違反の事実があると認め、当該事案につき審理を行なうため、被疑事実通知書を原告に送付した(同月一二日到達)。

(四) 同月一三日、被告は、同月一八日に審理を行なうことを決定し、審理実施に伴う出頭要求書とともに、懲戒訓令一〇条、一五条によって定められた適式の弁護人申請用紙及び証拠調申請用紙を原告に送付した(同月一四日到達)ところ、同月一四日、被告は、原告から同月一三日付審理要求書を受領した。

(五) 原告は、同月一八日の審理に出頭しなかったところ、被告は、原告から同月一七日付「出頭要求書に対する異議申立」と題する書面を受領した。このため被告は、同月二一日に再度審理を実施することとし、原告に対し、審理実施に伴う再出頭要求書を送付た(同月一九日到達)。

(六) 同月二一日、被告は、原告が不出頭のまま、原告に関する審理を開始した。そして被告は、原告が三月二二日以降自衛隊の正常な勤務関係に入ることなく規律違反を継続して被告の出頭要求にも応じないため、原告が故意に定められた日時及び場所に出席しなかったものと判断し、原告からの供述聴取を行なうことなく審理を終了した。

(七) ところが、被告は、右同日、原告から同月二〇日付「再出頭要求書への再度の異議申立」と題する書面を受領したので、同月二二日、処分の種別及び程度の決定に際しさらに慎重を期すため、原告に対し、書面による弁明の機会を与える旨の通知を送付したが、原告はこれに対して何らの応答をしなかった。

(八) そこで被告は、同月二五日、原告に対し、本件懲戒処分を行なうため処分宣告を同月二七日に実施することを決定し、出頭要求書を原告に送付した(同日到達)が、同月二六日、被告はやむを得ない事情があるものと認め、原告に対し、懲戒処分宣告書を送付し、これが翌二七日に原告に到達した。以上のとおり、本件免職処分は、所定の懲戒手続規定に則って実施されたものであるから、適法である。

第三争点に対する判断

一  本件転任処分の取消しを求める訴えの利益について

被告は、本件転任処分が原告に対して何ら法律上の不利益を与えるものではないから、原告には本件転任処分の取消しを求める訴えの利益はない、あるいは、原告が本件転任処分に従わずに欠勤を続けたことを理由とする本件免職処分によって自衛隊員の地位を失ったから、原告にはもはや本件転任処分の取消しを求める利益がない旨主張するので、本件免職処分の効力について判断する前提として、本件転任処分の効力について検討する。

二  本件転任処分の効力について

1  東部方面隊内のいわゆる「管内異動」転任処分の手続

(一) 「任命権行使の細部要領に関する達」一一条一項一号の規定によれば、方面隊内の部隊長等は、欠員補充及び交代補充により発生する欠員を将来的に見積り、方面総監に上申するものと定められ、同条一項二号の規定によれば、方面総監は、この上申に基づいて、補充上申した各部隊毎の必要な補充要員数を決定し、通達をもって隷下の主な差出部隊である師団・団等の部隊長に要員差出を命じ、右部隊長は、隷下各部隊長から補充要員を選考して、これを方面総監に上申するとともに、受入部隊に通報するものと定められている(〈証拠略〉)。

(二) 次に、「任命権行使の細部要領に関する達」一一条一項三号、一〇条一号但し書の規定によれば、転任予定者の通知を受けた受入部隊長は、補充要員としての要件を満たすかどうか確認後、転任予定者の受入れを決定し、これを方面総監に対して報告する、次に、方面総監は、差出部隊作成の転任上申書、受入部隊作成の受入報告書により、この転任の妥当性を確認する、そして各任免権者は、転任要員に対して転任内示を行なった後、転任命令を発令するものと定められている(〈証拠略〉)。

2  本件転任処分の経過について

(一) 証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、次の事実が認められる。

(1) 陸上幕僚長寺島泰三は、昭和六三年一月二七日、通達によって、同年度の前期定期異動(転任日付・昭和六三年八月一日、内示・昭和六三年七月一日)及び後期定期異動(転任日付・昭和六四年三月一六日、内示・昭和六四年二月一日)の准陸尉・陸曹及び陸士の転任につき、充足管理対象駐屯地の勤務地負担の公平及び組織の活性化への寄与を重視して行なうとの実施の方針を示した。

(2) 習志野駐屯地業務隊長は、昭和六三年度後期補充上申書により、欠員予定者名簿とともに補充要求(一等陸曹一名、二等陸曹二名)を東部方面総監種具正二郎に上申したところ、同東部方面総監は、習志野駐屯地業務隊に対する補充の必要性を認め、このうちの二名(一等陸曹一名、二等陸曹一名)の補充要員の差出しを決定し、第一師団長水野智之(以下「水野師団長」という。)に通達をもって命じ、これを受けた水野師団長は、この補充要員の差出しを第三二普通科連隊の山本連隊長に命じた。そして、山本連隊長は、指揮下の各中隊長に対し、転任要員の選考における指針として、「勤務地負担の公正及び組織の活性化を重視するとの考え方のもとに、所属期間の長い者、特殊事情のない者から異動要員を選考せよ」との指示をした。

(3) 第四中隊の渥美中隊長は、異動要員の選考に際し、同年一〇月、原告を含む第四中隊の准尉・陸曹全員に対する面接を行ない、隊員の身上及び希望勤務地等を把握した上で、転任候補要員として原告を選出し、山本連隊長に上申した。そして、山本連隊長は、さらに連隊内で要員の選考作業を行ない、原告を選考して水野師団長に報告した。同師団長は、これを東部方面総監種具正二郎に上申するとともに、習志野駐屯地業務隊に通報した。

(4) ところが、原告は、渥美中隊長から同年一一月に習志野駐屯地業務隊への転任予定を告げられて以後、これを拒否していたところ、平成元年一月、水野師団長宛に山本連隊長及び渥美中隊長の右転任に関する説明が強引で違法である旨の苦情の申立てをしたが、水野師団長は、右連隊長等の人事権、指揮権の行使が公正妥当であるとしてこれを棄却した。

(5) そこで東部方面総監種具正二郎は、水野師団長からの上申及び習志野駐屯地業務隊からの受入報告を了承し、原告に対し、同年二月一日本件転任処分の内示をした後、同年三月一〇日本件転任処分を発令した。

3  原告が転任要員に選出された理由

(一) 証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告は、小銃手(昭和四七年一一月一七日)、副機関銃手(昭和四九年四月一日)、業務隊電気係(昭和五〇年六月二〇日)、機関銃手(同年一〇月一日)、無反動砲副砲手(昭和五二年七月一日)、無反動砲分隊長(昭和五五年四月一日)、給養陸曹(昭和五七年四月一日)、無反動砲分隊長(昭和五九年三月一六日)、給養陸曹(昭和六〇年三月一日)、そして転任の直前である平成元年二月六日に無反動砲小隊陸曹を命じられた。原告は、特技として初級軽火器及び中級無反動砲を取得したが、二度にわたり通算六年の給養陸曹の経験があったにもかかわらず、これに関連する特技である「給養」は取得していなかったところ、昭和六三年一月一日付「准陸尉・陸曹経歴管理調査書」(昭和六三年度)中の希望補職欄に特技課程「給養」への入校を希望する旨を記入して提出していた。

(2) 山本連隊長は、原告の所属期間が約一六年であって第四中隊の中で三番目に長く、原告よりも所属期間の長い陸曹二名(千葉昌男一等陸曹が二一年間、片岡顕二二等陸曹(以下「片岡二曹」という。)が一七年九ケ月)については原告の本件転任処分と同じ時期に転任処分をする予定になっていること(千葉昌男一等陸曹は東京地方連絡部、片岡二曹は第一一普通科連隊)、習志野駐屯地は原告の住所を変更することなく通勤が可能であり、かつ、通勤所要時間が従前とほぼ同じであること、原告の妻の勤務に支障をきたさないこと、習志野駐屯地業務隊への異動要員として第四中隊に一名が割り当てられ、その資格要件は二等陸曹であり部隊の後方支援ということで事務が主体であること、かねてから腰痛を訴えていた原告にとっては、戦闘任務を有する第一線部隊よりも事務主体の駐屯地業務隊の勤務の方が無理がないと考えられること、昭和六〇年三月以降中隊の給養陸曹として喫食数管理、給食会計事務等の事務経験を持っていること、原告が「給養」の特技取得を希望していたこと等の諸般の事情を考慮し、本件転任処分を相当と判断した。

(二) 原告は、陸曹は、当該部隊に長く定着させ、もって自衛隊の組織機能の向上を図らなければならず、原告が市ケ谷駐屯地における長期勤務者であることからすれば、従前どおり、市ケ谷駐屯地に継続して勤務させることが郷土部隊の趣旨に合致する旨主張する。

(1) しかしながら、(証拠・人証略)によれば、郷土部隊とは、地元出身の自衛隊員を努めて地元の部隊に配置するという施策であるところ、志願制により隊員を募集している現制度のもとでは、自衛隊勤務を希望する若者の数が減少の傾向にあって、募集が困難な状況にあり、本件転任処分当時においては一方面隊だけでも毎年三〇〇〇名ないし四〇〇〇名前後の欠員が生じていたこと、特に、北海道及び沖縄は隊員の募集採用が悪く、地元採用隊員のみでは充足率を維持することができず、このため欠員補充においては、陸上自衛隊五個方面隊のうち、即応体制について要求度の高い北海道の第一線部隊を重視して人員充足率の向上に努めていたことから、人事幕僚は、特に北海道及び沖縄に所在する駐屯地等の人員配置を重視しており、「北方交流、沖縄交流」と呼称する勤務地管理業務を担当していたところであること、そのため、郷土部隊の施策を優先させると、募集・採用人員の地域差により、各駐屯地の人員配置に不均衡が生じ、有事に対応するための人員充足を必要とする部隊に人員充足ができなくなるという、自衛隊にとって致命的な不都合が生じる恐れがあったことが認められる。

(2) 右事実によれば、郷土部隊の施策を現在の自衛隊においては採用することはできないし、そのような施策が自衛隊において定着したものとはいえないのであり、このような勤務形態を原則とする法令上の根拠もないから、原告の主張は失当である。

(三) 原告は、陸曹の転任については、すべて、あらかじめ当該陸曹の同意を得て転任命令を発する扱いになっていた旨主張する。

(1) しかしながら、(証拠・人証略)によれば、自衛隊においては、勤務地に関して何らの限定をせずに採用しているものであり、また、当該隊員の将来の希望勤務地を確認することはあるが、これは円滑な隊務運営を図るための確認にすぎず、これをもって転任を命ずる都度、隊員の個別的同意を必要とする取扱いであったものではないことが認められる。

(2) 〈人証略〉及び原告は、陸曹がその意に反して転任処分を受けたことがない旨を供述するが、実際に意に反する転任処分がなかったからといって、その同意がなけれは転任処分をしない扱いがされていたものと認めることはできず、原告の右主張は理由がない。

(四) 原告は本件転任処分が達九条に定める要件にあたらず、充足管理対象駐屯地に関する条項に違反して違法である旨主張する。

(1) (証拠・人証略)によれば、達は、各方面隊相互間の補充をもって各方面隊、各部隊等ごとの充足率を維持する観点から、幹部、准尉、陸曹に対する昇任管理、勤務地管理、補職等管理、人事業務の基準として昭和四七年に発令されたものであり、全国二五〇に及ぶ任免権者が転任等に関するそれぞれの裁量権を行使することによって生ずる不公平を是正するためにあるところ、部隊の欠員補充を効率的に行ない、隊務の合理的運営を確保するために必要と認められる場合には、部隊の長は適切に転任を決定することができると定められており(同条七号)、本件転任処分は、習志野駐屯地業務隊の欠員を速やかに充足する必要があったために行なわれたものであることが認められる。

(2) また、達は、隊員個々人に転任に関するなんらかの権利を保障するものではなく、任命権者の裁量権の行使の際の留意事項をさだめているものであり、それ故、右達の規程にかかわらず常に現状の適切な判断に基づいて機敏に対応すべきものとされていることが認められ(〈証拠・人証略〉)、これによれば、達に違反することから直ちに本件転任処分を違法とすることはできないのであり、本件転任処分が、習志野駐屯地業務隊の欠員に係る職務内容、原告の経歴、身体状況、希望職種のほか、通勤の便や家族事情等を考慮してなされたものであることからすれば、本件転任処分は一応合理的な裁量に基づいてなされたものであるということができる。

(3) さらに、達にいう充足管理対象駐屯地として、北海道及び沖縄県に所在するすべての駐屯地並びに本州内に所在する駐屯地のうち約三〇の駐屯地が当初その指定を受けたが、社会環境の変化により、本州内所在駐屯地のほとんどが実態にそぐわなくなり、現に市ケ谷駐屯地に所在する第三二普通科連隊に昭和六三年三月末現在で勤務していた陸曹・陸士合計七六〇名中、関東地区出身者が五六五名(七四パーセント)を占め、それ以前から充足管理対象駐屯地とはいいがたい状態にあって、市ケ谷駐屯地から全国の他の達の充足管理対象駐屯地への転任が昭和六一年度は四六名、同六二年度及び六三年度はいずれも四二名に上り、充足管理対象駐屯地に関する条項は、本件当時も既に本件転任処分にあたって考慮されるべき基準としての意味を失っていたことが認められ(〈証拠・人証略〉)、これによれば、本件転任処分が達に違反した違法なものであるとする原告の主張は失当というべきである。

(4) 原告は、充足管理対象駐屯地に所属する隊員については、その希望のない限り、充足管理対象駐屯地に指定されていない駐屯地へ転属させることはできない旨主張する。

(証拠・人証略)によれば、陸上自衛隊においては、毎年大量の欠員が生じるため、定員を確保することよりも、各方面隊に与えられた防衛任務を達成するため必要な人員数を見積り、その人員だけは確保するという充足率維持の施策を優先せざるをえず、本件転任先である習志野駐屯地業務隊において原告の配置が予定されていた補給科補給管理係については、その業務の内容上速やかに充足することを業務隊が要望していたこと、市ケ谷駐屯地は前記のとおりもはや充足管理駐屯地としての実態がなく、かえって勤務地負担の公平の観点から市ケ谷駐屯地勤務希望者を受け入れていくために長期勤務者を転出させる必要があったことが認められ、右事実によれば、本件転任処分が陸上自衛隊の転任業務の必要に基づくものであったものということができる。

(五) 原告は、二等陸曹に任命されて短期間であるから、無反動砲に係る小隊に配置すべきであり、事務を所掌する習志野駐屯地業務隊への補充を目的とする本件転任処分は違法である旨主張する。

しかしながら、達二三条三項には「三等陸曹及び二等陸曹任命後当初の期間においては、努めて当該隊員の職種に係る小隊等に配置し部隊本部又は各機関の事務的な職への配置は努めて避けるよう留意する。」と規定されているにすぎず(〈証拠略〉)、任免権者等が配置においてその裁量権行使の際努めるべき留意事項として定められているのであって、(証拠・人証略)によれば、本件転任処分以前から、陸上自衛隊は慢性的な人員不足であり、二等陸曹に昇任直後の者を事務職に配置しないとすると、事務職への配置人員が絶対的に不足する事態となっていたため、円滑な転任業務に支障をきたすことから、二等陸曹については達の規定は考慮しない取扱いになっており、達が平成二年三月三一日に廃止されたのに伴い、平成二年四月一日に制定された平成二年陸上自衛隊達二一―二〇号「准陸尉及び陸曹の人事管理の細部に関する達」にはその旨の条項は削除されるに至ったことが認められる。このような事情に鑑みると、前記達の規定に反することをもって本件転任処分に違法があるとすることはできない。

4  本件転任処分の目的について

原告は、本件転任処分が、原告の思想、良心を弾圧することを目的としたものであるから、本件転任処分は違法である旨主張するので判断する。

(一) 証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告は、昭和六二年一二月頃、当時三等陸曹であったところ、川脇中隊長から、北部方面隊への転任の打診を受けたが、出身が東京であり北海道へ転勤するくらいなら昇任しなくてもよいこと、原告の妻が千葉県内の病院で助産婦として勤務しているのを中断させたくないこと、高齢で病弱な両親がいること等を理由にこの打診に応じることを拒否したが、その後、川脇中隊長及び山本連隊長から再三にわたり転任を勧められた。

(2) 原告は、昭和六三年一月二二日及び二五日、川脇中隊長及び山本連隊長に対し、同人らが原告の承諾もなく、達一九条、二〇条に違反した転任を強制している旨の「苦情申立て」と題する書面を提出した。それ以後、山本連隊長は、原告に対し、転任の打診をしなくなった。

(3) 原告は、自衛隊内においては人権が無視されており、自衛隊が民衆に対し銃口を向けるような行動をしているから、反戦運動をし、自衛隊を民主化する必要があるとして、昭和五〇年頃から、市ケ谷兵士委員会を組織し、機関誌「不屈の旗」の発行編集に携わり、反戦集会等に参加する行動をするようになった。片岡二曹、吉本三曹もその中心となって活動していた。そして、原告に対する北海道転任の打診後、これが原告の思想・行動に対する差別であるとする抗議文が「不屈の旗」に登載されたりした。

(4) ところで、第三二普通科連隊内には、第四中隊を中心に、以前から、銃剣道の愛好者で構成する「剣士会」という同好会があり、原告及びその同調者の反戦運動を嫌悪する風潮があったところ、吉本三曹は、昭和六三年七月一二日夜、「剣士会」のメンバーである塚本二曹に衛庭に呼び出され、「佐藤は反戦だ。お前も佐藤の仲間だろう。お前をぶっ殺す。ただではすまない。」と脅され、さらに、第一・二営内班長室で、塚本二曹から顔面を手拳で殴打された。山本連隊長は、吉本三曹の塚本二曹に対する懲戒処分申立てに基づき、同年一〇月一四日、塚本二曹に対し停職二日の懲戒処分をした。

(二) 右認定事実によれば、原告は、自衛隊内において、いわゆる反戦自衛官として剣士会からその活動を嫌悪されていたことがうかがわれるが、剣士会は隊員の自主的な同好会にすぎず、剣士会の隊員の一部が「不屈の旗」を通じて原告と行動を共にするいわゆる反戦自衛官に対して暴行脅迫の行為に及んだことがあるからといって、被告が、剣士会を利用して、原告を自衛隊から排除すべく、原告ほかいわゆる反戦自衛官に対し暴行脅迫を加えたり、あるいは、原告の思想信条を差別する意思で本件転任処分をしたものであるということはできない。本件転任処分は、前記説示のとおり、習志野駐屯地業務隊への異動要員として第四中隊に一名が割り当てられ、その資格要件が二等陸曹とされていたことから、この資格要件を充足していた原告の所属期間が第四中隊で三番目に長かったこと、また、習志野駐屯地は当時の原告の住居を変更することなく通勤可能で、妻の勤めにも全く支障がなく、しかも、これまで原告はしばしば腰痛を訴えていたことから、戦闘任務を有する第一線部隊よりも、事務主体の駐屯地業務隊が本人のためであると判断され、他に転任を否定すべき特殊事情が原告には認められなかったこと、そして、原告は昭和六〇年三月以降中隊の給養陸曹として事務経験を持っていること等を考慮したものであるということができ、本件転任処分は、陸上幕僚長の准陸尉、陸曹等の転任に関する通達の趣旨に沿う隊務の合理的運営を確保するために必要であったというべきである。

三  本件免職処分の効力

1  本件免職処分の理由の存否について

証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、平成元年三月一〇日、被告から、東部方面隊人事発令通知第二六号により、同月一六日をもって、習志野駐屯地業務隊への転任を命ぜられ、法三一条二項、陸上自衛官人事業務規則二五条一、二号により、同月二二日の課業開始時刻(午前八時)までに習志野駐屯地業務隊に着隊しなければならなかったが、期限までに転任先に着隊せず、同日午前八時以降、欠勤状態となった。

(二) 被告は、同月二二日、習志野駐屯地業務隊本部班長三等陸佐羽生清から原告の欠勤を知らされ、習志野駐屯地業務隊長に命じて欠勤に理由があるかどうかを確認させた。その結果、原告は本件転任処分が原告の思想信条を理由にされた違憲、無効のものであるからこれに従う義務はないとして欠勤を続けていることが判明した。

(三) 原告は、東京地方裁判所に対し、同年二月二〇日付の申立書をもって、本件転任処分につき執行停止の申立てをし、同年三月二八日に同裁判所において申立却下の決定を受け(同日送達)、同裁判に対する不服の申立てをせずに同裁判が確定したが、それ以降も同業務隊に着隊しなかった。

右事実によれば、原告は、本件転任処分に服従せず、正当な理由のない欠勤をことさら長期間続けたものであって、この行為は、法四六条一号所定の「職務上の義務に違反し、又は職務を怠った場合」という懲戒事由に該当することは明らかであり、右行為の経過、態様に照し、被告が原告に対する懲戒処分として免職処分をもって臨んだことはやむを得ないところであるというべきである。

2  本件免職処分の手続の経緯について

(一) 証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、次の事実が認められる。

(1) 被告は、平成元年三月二七日、東部方面総監部人事部人事課警務班長二等陸佐奥松勉に調査させた結果、原告が転任先に着隊せず、正当な理由なく欠勤を続けている規律違反の事実があると認め、平成元年四月一一日、この事実につき審理を行なうため、被疑事実通知書を原告に送付し、同通知書は、同月一二日原告に到達した。

(2) 原告は、被告に対し、同月一三日付書面で、右審理は施行規則に基づいて行なうこと及び同規則七四条に基づき弁護人を選任することを請求した。

(3) 被告は、同月一三日、右審理を同月一八日に市ケ谷駐屯地で行なうことを決定し、審理実施に伴う出頭要求書とともに、懲戒訓令一〇条、一五条によって定められた適式の弁護人申請用紙及び証拠調申請用紙を原告に送付し、これらは、同月一四日原告に到達した。

(4) しかし、原告は、被告に対し、同月一七日付書面をもって、弁護人にも審理への出頭の機会を与えるべきであり、その機会を与えない出頭要求は適正手続に反するとの異議の申立てをし、同月一八日の審理期日に出頭しなかった。このため被告は、同月二一日に再度審理を実施することとし、原告に対し、最終の出頭要求であってこれに応じない場合は審理を放棄したものとみなす旨を付記した「審理実施に伴う再出頭要求書」と題する書面を送付し、これが同月一九日に原告に到達した。

(5) これに対して原告は、被告に対し、「原告が弁護人選任のための交渉をしている段階であるにもかかわらず、被告が原告の異議申立を全く無視し、さらに、弁護人選任のため原告が市ケ谷駐屯地へ赴き第三二普通科連隊の隊員に弁護人となることを依頼するために面会を求めたことに対し、被告がこれを妨害しようとして原告の入門を拒否しているのは違法であり、弁護人の選任には最低一、二週間の時間をいただきたい。」旨を記載した同月二〇日付書面をもって、異議の申立てをした。

(6) 被告は、同月二一日、原告の審理を原告不出頭のまま開始し終了したが、同月二二日、原告に対し、書面による弁明の機会を与える、同月二四日までに提出されたいとの通知を送付した。しかし、原告は、弁明の書面をもって応答せず、同月二四日付書面をもって、被告が原告の弁護人選任の機会を与えずに短期間に審理を強行したのは違法無効の手続であるとして、正規の手続による審理を行なうよう要求した。

(7) しかし被告は、原告が被告の出頭要求に応じないため、同月二五日、原告に対し、懲戒処分宣告を同月二七日に実施することを決定し、出頭要求書を原告に送付した(原告に同日到達した。)が、同月二六日、原告が出頭する意思がないものと判断し、被告は、口頭で懲戒処分を宣告することに換え、原告に対し、懲戒処分宣告書を送付し、翌二七日にこれが原告に到達した。

(二) 右事実によれば、本件免職処分の手続は、施行規則六八条ないし七六条、懲戒訓令九条、一〇条、一二条、一六条の規程に基づき適法に行なわれたものというべきである。

(三) 原告は、本件免職処分は、無権限者がなしたものであるから無効である旨主張する。

しかしながら、任命訓令二八条二項(〈証拠略〉)によれば、陸曹の採用以外の任免は、師団に所属する陸曹については師団長が、指定部隊に所属する陸曹については指定部隊の長が、それ以外の部隊に所属する陸曹については方面総監が行なうものとされているところ、これまで第三二普通科連隊に配属されていた原告は、本件転任処分により、同月一六日をもって、適法に習志野駐屯地業務隊の所属となったものであるところ、右習志野駐屯地業務隊は東部方面隊の下にあるから、被告が本件免職処分をなし得る権限を有しているのは明らかである。

(四) 原告は、被告が、本件懲戒手続において、施行規則、懲戒訓令の規程を全く無視し、原告に弁護人選任請求権及び証拠調請求権等の権利防御をなす機会を全く与えないばかりか、積極的にその行使を妨害し、被審理者及び弁護人不在のまま一方的に審理処分をしたものであるから、本件免職処分は違法・無効であると主張する。

(1) しかしながら、被告は、施行規則七四条、九九条、懲戒訓令一〇条に基づいて、平成元年四月一三日付の審理実施に伴う出頭要求書とともに弁護人申請書及び証拠調申請書の各書式文書を送付して、原告に対して、弁護人選任手続及び証拠申請手続について教示したにもかかわらず、原告は、本件懲戒免職処分がなされるまで、適式な弁護人選任手続を履践しなかったにすぎず、被告がさらに原告の弁護人選任手続の履践を待たなかった措置に違法はない。また、原告の弁護人選任請求権の行使を妨害したことを認めるに足りる証拠はないし、かえって、被告は、原告が弁護人選任のために熊井啓一三等陸曹、朱通直人三等陸曹との面会を求めた際には、市ケ谷駐屯地においてその面会の機会を確保していることが認められる(〈人証略〉)。

(2) また、施行規則七一条、七五条一項によれば、懲戒権者は規律違反の事実についての審理の方法として、被審理者からの供述聴取にとどめるか、証人尋問その他の証拠調べを行なうか否かは懲戒権者の裁量に基づくものであるというべきであるところ、被告が、原告の規律違反の事実は明白であり、改めて証拠調べの必要性はないと判断して、原告からの供述聴取を実施する審理期日を定めた点に違法はない。施行規則六六条二項には「懲戒権者が懲戒処分を行なうに当たっては、適正、かつ、迅速を旨としなければならない。」と定められ、昭和三五年陸幕発法七六号「懲戒処分の報告上留意すべき事項に関する通達」は、その基準として、懲戒処分の迅速を期するため特に示されたもの、または、特別やむを得ない事情のあるものを除き、懲戒権者は規律違反が懲戒処分に相当すると認めるときは、当該規律違反が行なわれたことを知ったときから二週間以内には、必ず処分を実施すべきものと規定していることが認められ(〈証拠略〉)、これが審理期間として違法無効なものであると認めるに足りる証拠はないのであって、この基準からみて本件免職処分の審理が不当に拙速なものということはできない。

(3) また、原告は、吉本三曹の懲戒手続に要した日数を比較して本件免職処分の違法性を主張するが、右は本件と事案を異にするから、適切ではなく、したがって、原告の主張は失当である。

(4) なお、懲戒訓令二三条一、二項によれば、懲戒処分の宣告は懲戒権者が直接申し渡す方式と、やむを得ない事情があるときは懲戒処分宣告書を送付する方式とがあるが、原告のそれまでの出頭要求に対する態度からみれば、本件免職処分の宣告に当たって原告が出頭することを予測することは困難であったということができるから、被告が同条二項所定のやむを得ない事情があるものとして宣告書を郵送したことに違法はない。

四  結論

以上によれば、本件転任処分は適法有効なものであり、これに従わないことを理由とする本件免職処分も適法有効なものというべきであるから、原告の本件免職処分及び本件転任処分の各取消しを求める請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 遠藤賢治 裁判官 吉田肇 裁判官 塩田直也)

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